Day23. 似顔絵描きのおじいさんを探して(テキサス・サンアントニオ)

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少なくともぼく的には、決して目立った観光スポットがあるわけでも、魅力的な絶景があるわけでもありません。

それでもぼくがサンアントニオに行きたかったのは、22年前のその日のその出来事を、あまりに強烈に覚えていたから。

街角にいた似顔絵描きのおじいさんに、カウボーイハットをかぶった姿にアレンジしてもらった似顔絵を描いてもらったことを、今もはっきりと覚えています。(その似顔絵は、今も実家のどこかにあるはず。)

たったそれだけの記憶の断片。
だけど、この街に来る理由には十分でした。

サンアントニオで、思い出の跡を探しました。 “Day23. 似顔絵描きのおじいさんを探して(テキサス・サンアントニオ)”の続きを読む

Day22. NASAの宇宙センターと初めてのAirbnb(テキサス・ヒューストン)

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この旅も、もう後半戦へ突入。

最初の頃の出来事が、もうずっと昔のように思えます。

ここからは、しばらくテキサスで過ごすことに。
というのも、実はテキサスはぼくが二十二年前、ほんの三ヶ月だけ暮らした街。

自分の思い出を辿るため、日本の約2倍の大きさであるこの州に、少し長めの時間を割くことにしました。 “Day22. NASAの宇宙センターと初めてのAirbnb(テキサス・ヒューストン)”の続きを読む

Day21. 車でアメリカ横断するなら、都市部は避けたほうがいい。(ニューオリンズで超後悔)

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この旅を通して、一つ気付いたことがあります。

それは、いくら広大なアメリカとはいえ、車での旅をする際は都市部に行くのを避けたほうがいいということ。

もしアメリカの都市部へ旅行する場合は、近隣まで飛行機を使い現地の交通機関を使うかあるいはどうしても車を使うなら駐車場付きホテルを利用するか。

それくらい、都市部の車事情って面倒くさかったです。 “Day21. 車でアメリカ横断するなら、都市部は避けたほうがいい。(ニューオリンズで超後悔)”の続きを読む

Day20. 全米唯一のミスドでの幸せと全米3位の犯罪率の街で起きた悲劇(メンフィス)

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(今日長いです。)

有刺鉄線の張り巡らされた人気のまったくないスペース。

行きたかったのはBeale Street(ビールストリート)と呼ばれるライブハウスとバーが立ち並ぶブラックミュージック発祥の地。

同じストリート上ながら、メインエリアから3ブロックほど離れたところが路上駐車が無料のエリアだったので、ここでいいかと車を停めたんです。

後部座席にあった上着を取ろうと思って、一旦外に出て、後部座席のドアを引いたら、開かないんですよ。

あぁ、鍵閉めたままだったんだな、と運転席のドアを引いたら、こちらも開かないんですよ。

あれれ?こんなのは初めてだ。

それが悲劇の始まりでした。

見れば座席に置かれた車の鍵。
助手席にはカメラと携帯。
ぼくの手元には、クレジットカードと現金5ドルのみ。
着ていたのは半袖Tシャツにスウェットにビーチサンダル。

そしてここは、(2015年FBI調べ)犯罪件数が全米で3番目に高い街、メンフィス。

ぼくは、成長しました。 “Day20. 全米唯一のミスドでの幸せと全米3位の犯罪率の街で起きた悲劇(メンフィス)”の続きを読む

Day19. 生きているのではなく、生かされているという感覚。(イリノイ・プレインビュー)

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キャンプをしていて切に思う。

ぼくら人間は、ことごとく「生かされている」ということに。

「生きる」「生きていく」だなんて、おこがましいとすら感じる。

空気に、地面に、水に、火に、ぼくらはどこまでも、生かされている。

そんなことを思う、ひとりぼっちのキャンプ場です。 “Day19. 生きているのではなく、生かされているという感覚。(イリノイ・プレインビュー)”の続きを読む

Day18. ピザとストⅡと英語教育に関するちょっとした提案(シカゴ)

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シカゴ自体には別に全く興味はありませんでした。

というか、そもそも大都市を訪ねること自体、この旅の本意ではありません。

ただ、ニューヨーク外に住む数少ない友人の一人、Stevenがシカゴにいました。 “Day18. ピザとストⅡと英語教育に関するちょっとした提案(シカゴ)”の続きを読む

Day17. ぼくらが見えないフリをしているもの(インディアナポリス〜シカゴ)

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アメリカ横断、放浪の旅を体験した人々の話をこれまでも多く聞きましたし、それに関する書籍も何冊か目を通しましたが、どこでも触れられることのなかった、そしてやってみて初めて気づいた、ある事実があります。

それが、路上に転がる動物の死骸について。

一度アメリカのフリーウェイを走った人たちなら良く知る光景ではないでしょうか?

路上に、あるいは道の端に転がる、シカや、ウサギや、リスや、その他動物達の無残な死骸達。

彼らはぼくらの通り道である道路を横断しようとして、不幸にも、車に跳ねられた動物達です。 “Day17. ぼくらが見えないフリをしているもの(インディアナポリス〜シカゴ)”の続きを読む

Day16. せっかくの旅で「しなくちゃいけない」に縛られることほどもったいないことない(シンシナティMLB観戦)

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この日は、フランクロイドライトの名建築、落水荘を見に行く予定をしていました。
この旅を企画したときから、落水荘だけは必ず行こうと地図にメモしていたくらい楽しみにしていた場所。

FIT在学中、せまるプレゼンの準備のため泣く泣く諦めたインテリアデザインクラブの落水荘ツアーも、行きたくて仕方なかった。

しかしいまぼくには車がある。そして時間もある。

キャンプ場を飛び出してハンドルを切ったぼくは

鮮やかに落水荘をスルーしました。 “Day16. せっかくの旅で「しなくちゃいけない」に縛られることほどもったいないことない(シンシナティMLB観戦)”の続きを読む

Day15. ぼくはキャンプの神様に嫌われているのかもしれない(ペンシルバニア州立大学〜ダネゴル)

一人キャンプ。

テントを張るのも、キャンプファイヤーを起こすのも、ご飯を作るのも、寝るのも、すべて一人。

下手したら電波も届かず、電気も使えず、THE 孤独。

そんな状況に、一体どうしてこれほどまでに惹かれるのか。

多分、家があって、いつでも料理ができて、ルームメイトがいて、Wi-Fiが飛んでいて、交通機関とビルに囲まれた環境にずっと居たから。その中で、自分を見失いかけていたから。

ぼくはそこから出たかった。出て、もう一度自分自身と向き合いたかった。

だから一人でテントを張り、火を焚き、自然の音と匂いに包まれ、人も、電波も、誰かの声も届かない圧倒的自然の中で、ゼロになりたかったんだ。

だから神様…

そろそろぼくにキャンプさせてよ!!!!!!!!!!(泣) “Day15. ぼくはキャンプの神様に嫌われているのかもしれない(ペンシルバニア州立大学〜ダネゴル)”の続きを読む

Day14. さらばニューヨーク。ぼくはこの天然パーマと旅をしていく。(ニューヨーク〜ペンシルバニア)

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この旅が始まってからは、基本車中泊でいつシャワーを浴びれるかもわからないような生活をしているので当たり前なのですが、それを抜きにしてもかれこれ一年近く、まともにヘアワックスをつけるような生活をしていません。

思春期の頃は母親に「朝、一度洗面所に入ったら15分は出てこない」と揶揄されていたほど、髪型には強いこだわりがあったのに。

というか、小学五年生ごろより突如発症した天然パーマにより、うねる前髪を必死にストレートにすることが、ぼくが屋外へと出るための最低条件だったのです。

しかし歳を重ねるというのは不思議なもので、年々そこに対する意識が低くなっていくのを今まさに実感しています。 “Day14. さらばニューヨーク。ぼくはこの天然パーマと旅をしていく。(ニューヨーク〜ペンシルバニア)”の続きを読む

Day13. サングラス以外にぼくがニューヨークで得た大切なもの(ニューヨーク)

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五年間ニューヨークで暮らして得たものは何だったのか?

オトナの方と話すと、時々聞かれます。知識?経験?学歴?

確かに得たものは計り知れません。っていうか、もし五年ニューヨークで住んでいなければ、ぼくは一体どうなっていたのか?
人一倍成長が遅いので、頭の中がようやく就活生に追いついて来たくらいです。(先を考えるという意味で)

この旅を通して、今一度ぼくは、そういう自分の五年間を振り返っています。。

一度ニューヨークに帰ってきて、五年暮らしたこの街で得ることのできた最も大切なものを考え直してみました。 “Day13. サングラス以外にぼくがニューヨークで得た大切なもの(ニューヨーク)”の続きを読む

Day12. “ホーム”の重要性(ニューヨーク)

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フロリダへ飛び、バージニアを経て、一度ニューヨークに帰ってきました。

相変わらずの友達。住み慣れた家。もう見たくもなかったはずの摩天楼。

生まれ育ったわけではないけれど、長く住んだ、ある意味、第二の故郷。

ぼくはこの街に辟易していたはずなのに、たった十日離れただけでこんなにも「帰ってきた」感じがするなんて。

たった10日ちょっとだけれど、一度離れ、約5000km走ってきてから見えたこの場所の景色は、何だかとても違って見えました。

「ホーム」ってこういうことを言うんだろうなぁ。 “Day12. “ホーム”の重要性(ニューヨーク)”の続きを読む

Day11. 一つの場所で暮らし続けて飽きることはないの?(バージニア〜ワシントンD.C.〜ニューヨークシティ)

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一度きりの人生、いろんな場所を見てみたい!いろんな経験をしてみたい!

そういう思いを地で行き、住む先を次々に変えて、旅をしながら暮らすという、いわゆるノマドライフ。

インターネットが発展し、必ずしも仕事をする場所が制限されない現代だからこそ可能になってきたこの暮らし方、生き方が、ここ数年ずっと注目を集めているし、それに憧れている人も多いとおもいます。

ぼくもずっとそういう暮らし方に憧れていました。

でも、バージニアで25年暮らした叔父から聞いた話からは、そこに対する新たな気付きを得ることが出来ました。

ぼくは一体、何のために「旅」をしているのだろう。 “Day11. 一つの場所で暮らし続けて飽きることはないの?(バージニア〜ワシントンD.C.〜ニューヨークシティ)”の続きを読む

Day10. Walmartで買える!長距離運転に欠かせないグッズと田舎での生活について(JMUキャンパス散策)

先日はカヌーに国立公園にキャンプファイヤーとこれでもかと言わんばかりに楽しませてもらって叔父にも随分と時間を使ってもらったので、この日は個人行動。

と言っても天気がすこぶる悪く、気温も非常に低かったので、この日はのんびりと家で作業していたのですが、ふと思い立って、ウォールマートで今後の旅に必要なものを買い足しに行くことに。

まだ一週間ですが、旅する中でこういうものがあると便利だ、と気付いたものをまとめてご紹介します。 “Day10. Walmartで買える!長距離運転に欠かせないグッズと田舎での生活について(JMUキャンパス散策)”の続きを読む

Day9. 友の死とぼくの決意。(シェナンドー川カヌー下りとニューマーケット戦場跡)

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昨晩、床に着く前に、大学時代の軽音部のLINEグループに、訃報が入りました。

一学年上(ぼくは浪人だったので年齢は同じ)の友人が、亡くなったとのこと。

彼は、ぼくが軽音部に入って最初に、もう一人の親友とともに声をかけてくれた男でした。
ちょっとクセのあるクールなやつだったけど、音楽への熱意はピカイチで、バンドマンとしてとても尊敬していました。

卒業後はぼくがアメリカに来たせいもあってほとんど連絡も取ってないし、バンドが順調にいっているという噂以外は、仕事のことや生活のことなどは何も知りませんでした。

突然の訃報に正直どうしていいのかわからず、丸一日たった今もまだ、悲しさとかよりもただ「なんだそりゃ」という思いがただ、頭の中を巡っています。

ただ彼の死が、ぼくにある決意をさせてくれました。 “Day9. 友の死とぼくの決意。(シェナンドー川カヌー下りとニューマーケット戦場跡)”の続きを読む

Day8. 地球の時間の流れ方。ぼくらの時間の使い方。(バージニア・シェナンドー洞窟&国立公園)

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大阪で生まれ育ち、直近五年はニューヨークシティで暮らしたぼくにとって、ビル群の地下を(あるいは間を)走る電車に乗るため、仕事のため、学校のため、人との約束のため、時計の針を気にし続けるのはもやはや日常でした。

しかしバージニアの広大な自然に囲まれたこの環境は、時間の流れ方が全然違う気がします。’

ここでの日々は、とてもいろんなことを、気づかせてくれます。 “Day8. 地球の時間の流れ方。ぼくらの時間の使い方。(バージニア・シェナンドー洞窟&国立公園)”の続きを読む

Day7. ガソリンの入れ方とぼくの見たかったアメリカ。(サウスカロライナ〜バージニア・エディンバーグ)

突然ですがみなさんは、この曲をご存知でしょうか?

John Denver – Take Me Home, Country Roads

そう。あの、スタジオジブリの名作「耳をすませば」で使われたあの曲、「カントリーロード」の原曲です。

今、この曲のモデルの場所にいます。 “Day7. ガソリンの入れ方とぼくの見たかったアメリカ。(サウスカロライナ〜バージニア・エディンバーグ)”の続きを読む

Day6. 長時間の運転を楽しむ工夫と初めてのキャンプ。と失敗。(フロリダ・ジャクソンビル〜サウスカロライナ・オレンジバーグ)

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車旅の最大の敵は、移動中の退屈さと眠気。

運転し始めた当初は見るもの全てが新鮮でワクワクしっぱなしでしたが、この生活もかれこれ一週間近くなって、特に高速道路を走るときは、悲しいくらい無感情です。

で、とりあえず音楽聞いてみたりラジオ聞いてみたりするのですが、いかんせんすぐに飽きてしまう。

何かないかなぁと思って試しにやってみた方法が、意外に効きました。 “Day6. 長時間の運転を楽しむ工夫と初めてのキャンプ。と失敗。(フロリダ・ジャクソンビル〜サウスカロライナ・オレンジバーグ)”の続きを読む

Day5. 孤独なビーチとアメリカ最古の街で感じた違和感(オーランド~スマーナビーチ~セントオーガスティン)

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この旅でぼくは、いわゆる「観光地」と呼ばれる場所に積極的に足を運んでいます。

というのもぼく自身がミーハーなのでベタな観光地でそれっぽく写真を撮りたいというのも一つなんですが、それと同時に、「アメリカ各地の観光地がなぜ観光地たるのか」その所以を知りたい、というのが大きな理由だったりします。

別にぼくは観光関係の勉強をしていたわけでもないし、それに対する具体的な知識や調査指標があるわけでもないんですが、ただ、今後自分が関わっていく「地域活性」(あまりこの言葉は好きではないのですが)という分野では、その地域における観光産業を切り離して考えることはできません。

なので、せっかくアメリカ横断をしてあちこちの観光名所に行くのなら、各地の観光に対するアプローチからもしかしたら何らかのヒントを得られるんじゃないかと思い、ただ街を歩いて写真を撮るだけでなく、自分なりに色々目を凝らすようにしています。

故に現地人から愛されるスポットや、アメリカにおける外国人からの人気のエリアなどには特に積極的行くようにしているのですが、今日はその一環で、現地人オススメのビーチと人気スポットであるアメリカ最古の街へと行ってきました。 “Day5. 孤独なビーチとアメリカ最古の街で感じた違和感(オーランド~スマーナビーチ~セントオーガスティン)”の続きを読む

Day4. オーランド観光してきました。あと、Youtube始めました。

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「当たり前」から少し離れるだけで、それがすごく素敵に感じられます。

たった三日間ですが、人間関係や食事や寝床など、今まで当たり前にあったものから離れたことで、改めてその大事さを痛感出来た一日でした。

友達と話すのも、誰かが作るご飯を食べるのも、ふかふかのベッドで寝られるのも、シャワーを浴びられるのも

本当に幸せ。 “Day4. オーランド観光してきました。あと、Youtube始めました。”の続きを読む

Day3.車中泊難航とお風呂に入れない問題解決案。(キーウエスト~マイアミビーチ)

アメリカ最南端キーウエストにて、マクドナルドの駐車場にて車中泊を決行しようと思っていたのですが、まさかの24時間営業じゃないことが発覚。

お店の駐車場で車中泊をする場合、そのお店が24時間営業であるというのは(個人的な)絶対条件です。
というのも、他のお客さんたちが出入りしている限りは外部の車が停まっていても不自然じゃないから。

というわけで泣く泣くマクドナルドを後にして、他の寝床を探すことに。

とりあえず道中にあった24時間営業の薬局にだだっ広い駐車場が付いており、車が何台も停めてあったのでそこに一旦車を置いてみました。しかし、駐車場のバカ明るいライトが見事に車内に入ってきたのと、車内が暑かったせいで、一時間ほど寝ようと努力するも結局断念。

再び車を走らせ、新たな寝床を探し始めた矢先…

また警察に止められました。 “Day3.車中泊難航とお風呂に入れない問題解決案。(キーウエスト~マイアミビーチ)”の続きを読む

Day2.いきなり警察にお世話になってからの初めての車中泊と、レストエリアの重要性。

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二日目。フロリダはオーランドからアメリカ最南端のキーウエストへと向かいました。

ずっと憧れだったアメリカ放浪の旅。

興奮や感動よりも、これからのことに対する不安と客観的な冷静さみたいなのの比率が多くて、若干自分で戸惑いながら、最新の注意を払って運転をしていたのですが、

いきなり警察に捕まりました。 “Day2.いきなり警察にお世話になってからの初めての車中泊と、レストエリアの重要性。”の続きを読む

Day1. レンタカー受け取りからのアメリカ初運転。そして現地で購入したものたち。(フロリダ・オーランド)

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アメリカ横断旅初日。

緊張と花粉のせいで全く眠れず、まさかの徹夜で出発しました。

ルームメイトに見送ってもらいながら、なんとも言えない気持ちを胸に向かうはラガーディア空港。

遅延がつきもののデルタ航空でしたが、まさかの五分遅れで無事出発。

眠さが限界に来ていたので、浮き上がる機体に合わせて窓側の席で意識を空へと飛ばそうとした刹那、悲劇は起こりました。 “Day1. レンタカー受け取りからのアメリカ初運転。そして現地で購入したものたち。(フロリダ・オーランド)”の続きを読む

アメリカ横断の旅をいろんなアカウントでおすそ分けします。

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出発までに24時間を切りました。

株式会社ビジョンさまより海外でインターネットが使えるレンタルWi-Fi「海外専用グローバルWiFi
」のご提供を頂きまして、ありがたいことに横断中もインターネットが利用可能な環境になりました!

おかげさまで比較的自由なネット環境を手に入れることができたので、様々なツールでアメリカ横断の模様を発信していきたいと思っています。

ぼくの本来のアメリカ横断の最大の目的は、とにかくこのどでかい大陸を自分の目で見ること、都会育ちの自分が圧倒的自然の中で何を感じるのかを知りたいというもの。

それと同時に、自分の自己満足を「誰かにとってのプラス」にしたい、というサブテーマもあります。

「とにかくアメリカ大陸をこの目で見たい。(ほんでブログとか使って、見てくれる人にちょっとおすそ分けして、旅とか海外に出るきっかけの一つになれたらいいな。)」

アメリカ横断の日程が決まりました。約5週間の旅に出ます。

執筆や編集、投稿は車を止めてないと出来ないけど、例えば音声だったり、映像だったりの収録は運転中だったりも出来ます。

できるだけたくさんの人に届けたく、いろんなツールで発信していこうと思っていますので、是非ともお使いのSNSなどありましたら追加してやってください。 “アメリカ横断の旅をいろんなアカウントでおすそ分けします。”の続きを読む

アメリカ横断で行きたいところリストをまとめてみました[随時更新]

アメリカ横断にて現段階で行きたいなぁと思っている場所を、ものすごく雑にまとめてみました。

これ以外にもオススメの場所などあれば是非教えてください。

“アメリカ横断で行きたいところリストをまとめてみました[随時更新]”の続きを読む

祖父のカメラとぼくとニューヨーク。2

祖父のブロニカを持って何度かニューヨークの街を歩いた。

歩いてはいるが、まだそれほどシャッターは切っていない。
これを書いている時点では、まだ10枚も撮っていないはずだ。

特に撮るものにこだわりもなければ、何を撮りたいというのもないのだが、ただこれを肩にかけて、祖父のことを考えながら街を歩いている。

そもそも、シャッターを切ることは目的ではない。
このカメラを持って歩くこと。祖父と歩くことが、目的なのだ。

ブロニカS2について

祖父のこのカメラは、発売が1965年。もう50歳を超えている。

祖父がこれを新品で買ったのか中古で買ったのかはわからないが、調べたところ発売されたのが母が生まれた直後(1965年)だった事実に、なんとなくストーリーを想像してしまってニヤついてしまう。

何はともあれ、ぼくが生まれた時にはこのカメラは存在していた。

6×6cmの正方形の写真が撮れる、スクエアカメラと呼ばれる種類のカメラらしい。

創業者である、吉野善三郎氏が、ハッセルブラッド(スウェーデンの有名カメラメーカー)を超えるカメラを作るために設立したブロニカカメラの製品で、その吉野氏の意図通り「日本のハッセル」とも呼ばれた名機らしい。(実際、持ち歩いていた時に、ブルックリンのカフェに居合わせたフォトグラファーに話しかけられ、15分ほど熱く語られた)

未だに根強い人気があるらしく、愛用する人たちは「ブロニカン」などとも呼ばれるらしい。

フィルムはブローニーフィルムと呼ばれる6×6のものを使い、120なら12枚、220なら24枚と撮れる仕様になっている。

シャッターを押すまでには、

シャッタースピードを手動で設定し、
フィルムを巻いてシャッターをチャージし、
遮光板を引き抜き、
ファインダーを覗きながらピントを合わせて

…と、デジカメのオートマチックに慣れたぼくらには気の遠くなるようなプロセスを経なくてはいけない。

さらにはファインダー越しに見る景色はレンズの構造の関係から左右が逆転しており、手持ちで撮る場合、約2キロにもなるカメラで理想の構図を手に入れるのは一苦労だ。

この時代の人たちが、写真を撮るためにこの一連の動作を当たり前のように行い、さらにはフィルムと現像ごとにお金を払わなくてはならなかった状況を考えると、ぼくらはなんと恵まれているのか。それとも、その一枚の喜びを知れないことが逆に不幸せなのか。

ブロニカS2を持ち歩くこと

ブロニカS2の重量は約2kg。
普段使いのSONY NEX-5Rが約300g足らずなことを思えば、約7倍にも相当する。

そんな個体を持って歩くのは結構な苦かとも思っていたが、もともと付いていたストラップで肩にかけている分には、思ったほど気にはならなかった。(おそらく普段から重い荷物を持ち歩いているせいだ)

故に最近はよくこのカメラを持ち歩くようにしているのだが、決してシャッターを切る回数は多くないのは最初に書いた通りだ。

被写体の選択基準はなく、ただふと、「今かな?」と思った時にファインダーを覗いてみる。
覗いて、シャッターを切る寸前まで行って、やめることもある。

こんなことをそれらしく書くと、まるでいっちょまえの芸術家のようだが、「あれ、やっぱ違うな。フィルムもったいないからやめとこう」くらいにしか考えていない。

実際にシャッターを切るまでのプロセスの間、祖父のことを考える。
あの人ならどんな構図を撮るのだろう?どんなことを考えるのだろう?どこにピントを合わせるだろう?そもそも、これを撮るのだろうか?

心の中で問いかけても祖父は返事をしてくれないし、シャッターを一緒に押したりもしてくれない。
そもそもぼくにはそういうスピリチュアルだとか霊的なセンスが一切ないし、見たこともない。

ただ、そうやって自分の思考の中に祖父のことを考える時間は、妙に落ち着く。

そして、直感で選んだ被写体に向けていろいろ考えた末にシャッターを切り、「ガシャン!」という大きな音が鳴った瞬間、なんとなく祖父のことを前よりも知れた気になるのである。

妙な話だ。

アメリカ横断の日程が決まりました。約5週間の旅に出ます。

日本帰国前の準備に追われつつ、同時に進めていたアメリカ横断の予定が決まりました。

もともと希望していたよりも期間は短くなってしまったのですが、4/26から6/7までの42日間、詳細な目的地は定めずに、レンタカーでアメリカを横断、というよりは放浪します。 “アメリカ横断の日程が決まりました。約5週間の旅に出ます。”の続きを読む

引越しのために断捨離したらブログもシンプルにしたくなった話

4/26を持ってニューヨークを出るのですが、それに伴って引っ越しの準備をずっとしていました。

家具や服を売り払ったり、使っていた画材や作った作品を処分したりと、やはり五年も住んでいたので何かとモノが増えていて、今まで「使わなかったけど捨てれなかったモノ」が腐るほど出てきました。

どうやらぼくには結構な等級のもったいないオバケがとり憑いているようで、あまりの捨てれないっぷりに、ルームメイトもちょっと引いていました。

しかし、これから国を変わるなど環境も180度違う生活をしていくということで心機一転し、大幅な断捨離を決行。

これでもかと言わんばかりにモノを捨てたのですが、身の回りがシンプルになっていくことでネット上の諸々もシンプルにしたくなりました。 “引越しのために断捨離したらブログもシンプルにしたくなった話”の続きを読む

祖父のカメラとぼくとニューヨーク。

祖父が亡くなったのは、ぼくが小学校に入学して間も無い頃。
だからもう、20年以上も前のことだ。

彼は近々取り壊しの決定している大丸心斎橋店の催し場やディスプレイを手がけていたらしく、学校では美術の先生として教鞭もとり、また趣味で写真や水彩画、模型作りなど、とにかくものづくりに情熱を注いだ人だった。

そんな祖父の遺品の一つに、このカメラがあった。

Sofutocamerato

ゼンザブロニカS2。

祖父が死んでからずっと倉庫にしまってあったものをぼくが二十歳くらいの頃に引っ張り出してきて、使い方もわからないくせに自室でそれっぽく置いてあった。

一度使ってみようとカメラ屋さんに持って行ったことがあるのだけれど、特に修理なども必要なく普通に使えることは確認済み。
その時フィルムを入れて何度かシャッターを切った気がするが、すぐに忘れてしまった。

この冬の一時帰国の折、何を思ったかぼくはこいつをNYに持っていくことにした。

特に理由はなかった。

ただ、ニューヨークに(恐らく)縁もゆかりもなかった祖父と、この街を歩いてみたかった。 “祖父のカメラとぼくとニューヨーク。”の続きを読む