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Day19. 生きているのではなく、生かされているという感覚。(イリノイ・プレインビュー)

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キャンプをしていて切に思う。

ぼくら人間は、ことごとく「生かされている」ということに。

「生きる」「生きていく」だなんて、おこがましいとすら感じる。

空気に、地面に、水に、火に、ぼくらはどこまでも、生かされている。

そんなことを思う、ひとりぼっちのキャンプ場です。

目次

さらばシカゴ

朝、Steven宅のランドリーを借りている間、二人でシカゴで人気のドーナツ店に足を運びました。

ドーナツといえばアメリカですが、中でもシカゴはピザと並び、ドーナツ激戦区としても有名なのだとか。知らなかった!

行ったのはFirecakeというなかなか刺激的な名前のお店。

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店内はややガーリーな、ミーハーなおしゃれカフェ好き(ぼく)が両手を広げて喜ぶ、可愛いカフェ。

ぼくが愛してやまない、これでもかと言わんばかりに甘いアメリカらしいドーナツと、渋めのコーヒーを楽しみました。

外は、昨日とは打って変わって恐ろしく寒く、予報を見れば気温は一桁に。

二人で「寒い」と震えながら何度も「またシカゴに戻ってこいよ」「お前こそまた日本に来いよ」と笑いあいました。

車まで見送ってくれたスティーブンに別れを告げていざシカゴを出んとしたものの、まさかのネットトラブル(自分が悪いのですが)でマップに接続出来なくなり、結局街から正しい方向に出るまでに一時間近くかかりました。

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ネット一つ使えないだけで、これほど無力になるとは想像もしていなかった。

電波がなくなったら、生きていけるんだろうか。

キャンプ、リベンジ!

一回目、二回目と、正直失敗とすら言えるキャンプを体験したわけなのですが、まだまだぼくのキャンプへの思いはへこたれず、次なるキャンプ場を求めてハンドルを切ります。

実際に走った時間は五時間程度なのですが、何もない道が長かったせいか、随分と長く走った気がしました。

東海岸沿いに比べてガソリン代が微増したことでスタンド探しにやや慎重になりはじめ、精神的な疲労が増えたのも要因の一つかも。

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夕方六時過ぎ。

イリノイの南端、セントルイスよりやや北側の、何もないとても小さな町のはずれに、Beaver Dam State Parkというところを見つけ、飛び込みで行ってみました。

そもそも受付がキャンピングカーという筋金入りのキャンプ場で、オフシーズンにも関わらず結構人が多い。

ぽつぽつと空きスペースがあったので受付のおばさんに尋ねてみると、「テントだけなら$10、電源が使えるスペースなら$20」とのことで、少し悩んだものの、受付から見せてもらっていいな、と感じた場所が$20の場所だったので、宿泊費にすれば安いと思い、そちらを選ぶことに。

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あとは通常$15で二日分1セットの薪を、$5で少なめに譲ってもらいました。
$25で最高の環境。宿泊費としては悪くない。

午前中のシカゴは天気がいまいちだったものの、キャンプ場では恐ろしいほどの好天に恵まれ、やや肌寒さを感じながらも心地よい空気に包まれた緑の景色の中で意気揚々とテントを張りました。

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事前に買ってきたソーセージを焼いたり

ウォールマートで買ったチキン&ブロッコリーのご飯を食べたり

バージニアでもらってきた材料でスモアを食べたり

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これでもかと言わんばかりに、キャンプを満喫しました。

キャンプファイヤーのこと

よくよく考えてみれば、一人でキャンプファイヤーをするのは初めてのことでした。

当たり前のように火を起こしていたKenn叔父の姿を見ていたので、なんとなく簡単にできそうだと思っていたのですがこれがなかなか難しい。

とりあえず気を適当に並べて火をつけてもすぐに消えてしまい、継続的に燃やし続けるのにはコツがいるようです。

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そもそも火というのは酸素がなければうまれないものであり、詰まるところ風を意識しないと火は燃え上がらない。

木でうまく風の通り道を作り、燃えやすい何かに火をつけてそこから少しずつ周りの木に引火させていき、最終的に薪へと燃え移らせることでようやく安定する。

といってもある程度火が上がってからもそれを継続させるためには適度に薪の向きを変えたり、枝を足したりしながら気を使う必要があります。

電気なんてものが存在しなかった頃、人々はこれを当たり前のように、毎日続けていた。
それも、今のぼくにとっての娯楽のように、としてではなく、生きるために。

生かされているという感覚

Stevenの家ではエアマットレスに寝させてもらっていたので意識しませんでしたが、キャンプ場でテントの中、(寝袋を介してではありますが)地面に直接寝たとき、とても不思議な感覚を覚えました。

「大地に寝ている」なんて言えば大げさすぎるかもしれませんが、言葉にするとまさにそんな感じ。

土や草、石や枝。

集中すると、背中に色々なものを感じることができます。

この地面があるから、ぼくらは歩き、寝ることができる。
逆に言えば、地面がなければ生きていくことすらできない。

思えば、車がなければこの場所にはこれなかったし、ガソリンがなければその車を走らせることも出来なかった。
そういえばガソリンはどこから来たのだろう?タイヤは?車体は何で作られているんだ?そもそもどういう原理で動いてるんだろうか?空気抵抗を考えてつくられているなら、車が走るための要素には風も重要で、ということは空気がなければそもそも車は走らない?っていうかそもそもぼくは生きてないよね?ぼくはなんで生まれてきたんだ?お母さんありがとう。生命すげえ。地球すげえ。

と、思考がやや飛躍しつつ

何はともかく、ぼくらは、そういった周りの様々な要素に生かされている。

地球には、そういう様々な要素が数知れずあって、それらの一つ一つが絶妙に絡み合い、循環しながら回っている。

ぼくら人間はそういう循環の中の一部であり、その循環の中にあるからこそ生きていくことができる。

そんな当たり前のことを改めて考え、そしてそんな当たり前のことを忘れてわがままに生きているぼくら人間、本当ごめんなさい地球およびその他…、なんて思いながら、いつの間にか風と虫の音に、心地よい眠りに落ちていました。森ガールかよ。

この日の模様を動画でも

そんな感じで。

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さがやん
ブロガー/企画屋
仕事や遊びを効率化するガジェットやツールを愛して止まないブロガー。大阪でデザイン制作やスタジオ運営をする会社を経営しながら、田舎の古民家と行き来する二拠点生活を行っています。
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