SAGAT(さがやん)のプロフィール

metroglyph(メトログリフ)は、SAGAT(さがやん)ことハラダススムの個人ブログです。

2011年からニューヨークで五年間暮らし、その後、就職経験無しのままフリーランスのブロガー&デザイナーとして独立しました。

現在は、実家のある大阪と兵庫県の最西端、佐用町で二拠点生活をしながら、ブログ運営しつつ、発信やデザインの分野でまちや企業のお手伝いをしています。

人生のテーマに「この世界でどう”楽しく”生き残るか」を掲げ、日々模索しながら暮らしています。

TwitterやInstagramで日々のことをゆるく発信しているので、もしよろしければそちらをフォローして頂けると嬉しいです!


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略歴


SAGAT(さがやん)/ハラダススム
個人事業主(フリーランス)
ブロガー/アフィリエイター/Web&空間デザイナー/アートディレクター
2011年3月 関西大学社会学部マス・コミュニケーション学科卒。
2011年4月 渡米。ニューヨーク州立ファッション工科大学(FIT)にて空間デザインを学ぶ。
在学中、日系居酒屋のコンセプトデザインや、現地デザイン事務所でのアシスタントなどを経験。
2013年4月 ブログ運営開始。これをきっかけにいくつかのプロジェクトに携わり、さらにインバウンド関連事業や留学支援事業などを行うため現地での法人設立などを経験。
2016年1月 ブログ単体の月収が10万円を超えたのを期に独立。フリーランスでブロガー/デザイナーへ。
2016年4月 およそ2ヶ月、車中泊とテント泊のみで16000kmのアメリカ横断旅を決行。貯金ゼロに。
2016年6月 帰国。兵庫県佐用町へと移住。関西を中心に地域資源の活用を目指したエリアマネジメント事業”BALUE Project”を立ち上げ、共同代表兼アートディレクターを担当。

現在はブロガー/アートディレクターとして関西や中国地方を中心に複数のプロジェクトに参加中。

2017年夏、佐用町で民泊と簡易カフェなどを併設したコミュニケーション空間をオープン予定。

ニックネームであるSAGATの由来は、大学時代の先輩の気まぐれ(笑)

metroglyphって?

このブログでは、複雑怪奇で矛盾だらけのこの世界で「どうやって”楽しく”生き残り、社会に対してどう自分を活かすのか」をテーマに、

人生における「自分」の

  • 生き残り方
  • 活かし方
  • 楽しみ方

の三つの楽しみ方切り口から

主に

  • ブログ運営
  • フリーランス生活
  • 田舎暮らし
  • DIY
などについて書いていきます。

ちなみにブログ名のmetroglyph(メトログリフ)は英語で、「地下鉄の落書き」という意味のスラング。

元々ニューヨーク留学時代に、通学中の地下鉄でiPhoneを触りながらこのブログを書き始めたことに由来しています。


⇩さらに詳しいプロフィールは下にスクロール⇩

こんな人生を歩んできました

ものづくりに夢中になり、英語が身近だった幼少期

大阪出身の両親の元で、大阪で生まれ育ちました。

元デザイナーで美術学校の講師だった祖父の影響で、幼い頃から絵を描いたり模型を作ったりするのが大好き。

また、両親から小さい頃に買い与えられたおもちゃが完成したものではなく、レゴだったりプラモデルだったりという、自分で作らなくちゃいけないものばかりだったこともあって、とにかく「つくる」ことが自分の中で一番楽しいことでした。

6歳の時、父の仕事の関係で3ヶ月だけアメリカ、テキサスで暮らし、当時全く英語の分からない状態で現地の小学校に放り込まれていたことがあります。(両親曰く「なんか楽しそうにやってた」そう。)

この時、家族でアメリカを2週間ほど旅したことが、後にアメリカ横断を決行させる大きなきっかけになりました。

その後も、海外暮らしの長かった父の繋がりで度々外国の方と交流する機会があったり、両親に英語の本を読み聞かせてもらったりなどしていたことから、周囲に比べても英語や外国人に対しての免疫は高い方でした。

漫画とゲームに熱中した中学時代

小学校高学年までゲーム機を与えてもらえなかったので、テレビゲームに対する興味が周りよりも遅れてきました。

中学時代は、とにかくお小遣いを漫画とゲームに費やして、ソフトテニス部の幽霊部員と化してそれらに没頭する毎日。

学校では5段階評価でオール3という、超平凡ぷりで、当時の担任に「ある意味、模範的な生徒だな」と言われたことは忘れられません。

馴染めなかった高校時代

ラストスパートで受験勉強をなんとか乗り切り、留学制度のある私立高校へと入学。

高校では、憧れていた軽音楽部に所属してギターを始め、バンド活動を開始するも、キャラ作りに失敗してクラスメイトとはあまり打ち解けきらず、休み時間は一人で図書室にこもり、授業中も借りてきた本を読みふける毎日でした。

この頃に歴史小説や現代小説、エッセイなどを夢中で読み漁り、中でも戦場カメラマンの伝記に感化されてジャーナリストという職業に憧れたことが、今ブログを始めた遠い原点なのかもしれません。

ちなみにクラスでの成績は下から二番目。

中でも、得意だと思っていた英語の成績はひどいもんでした。(笑)

カナダでの一年間。そして音楽へ。

高校二年次の一年間、カリキュラムでカナダのアルバータ州へと一年間留学しました。

一年間クリスチャンの家族の家にホームステイし毎週教会に通ったことは、嫌で仕方ありませんでしたがとても貴重な経験でした。

カナダでクリスチャンの家に一年間ホームステイをした話

2016.02.02

学問としては苦手だったけれど、会話などは多少できると思っていた英語は、現地で生活するレベルには程遠いことに気付き、最初の数ヶ月は放課後、家でギターとCDプレイヤーを片手に引きこもる毎日。

しかし、ギターを通じて徐々に友人が増え始め、その感動からますます音楽にのめり込むように。

また、それまではいわゆる「陰キャラ」でしたが、帰国後から明るくなったと言われるようになり、ちょっとずつ社交的になりました。

暗黒の予備校時代

留学から帰ると同時に大学受験の勉強が始まるも、心はすでにバンドをしたいという思いで一杯。

「もはや高校なんて辞めてバンドしたい、俺はロックスターになる」完全なる自己暗示にかかっていたのですが、「大学だけは出ておけ」という父親の言葉には逆らえず。

どうせ行くなら、東京に進出して高円寺でロックンロールな暮らしを、と東京の大学を受験するも自分の実力を見誤り、見事浪人生に。

予備校に一応行きつつも音楽スタジオでバンド練習に明け暮れ、夜は女の子とひたすらメールしてるだけという、後に母から「金をドブに捨てた」とまで言われた、暗黒の一年でした。

バンドとバイトとインドと

ロクに勉強しなかったせいで、当然東京の大学には手が届かず、なんとか関西の私立大学に滑り込み。

入学後は軽音楽部で、念願のバンド一色の生活が始まりました。

人生初のアルバイト(ユ○クロ)を3ヶ月で辞めた後は、さまざまなバイト先を転々としながら、ひたすら機材代とスタジオ代と飲み代を稼ぐ毎日。

学部にはほぼ友達がいませんでしたが、部活仲間と楽しい毎日でした。

ちなみにこの頃、ありがちな憧れからインドに行ったことで、自分のそれまでの価値観が狭く、そしてひどく偏っていたものだということを知りました。

就職活動を拒絶し、ニューヨーク留学を決意。

就職活動のシーズンになり、髪を切りリクルートスーツを着始める友人たち。

乳首が隠れる程に髪の毛が長かった当時のぼくは「髪を切りたくない」という理由で就職活動を拒絶。

ロックスターも諦め、就職も拒絶した自分がどう生きたいのかを考えた時、それでも音楽や映画などの表現が好きだったことから「ものづくり」の世界に飛び込みたいと思いました。

そこで「デザイナー」という、当時は甘美に聞こえた響きに憧れ、卒業後に留学を決意。

どうせ行くなら一番やばそうなところへと考え、何の思い入れもないアメリカ、ニューヨークを目指すことに。

二度目の大学生をやるために親に土下座して、就活する友人らを尻目に、自分はバイトとTOEFLの勉強に明け暮れる日々が始まりました。

卒業が前提だったので、留年ほぼ確実と言われていた状況からも必死に巻き返しなんとか単位取得。

そのまま卒業後10日足らずで、ニューヨークへと発ちました。

英語なんか話せなくて別にいいから、今すぐ日本を飛び出して海外に行くべき3つの理由。

2015.02.28

まさにサバイバルだったニューヨーク生活

留学先にニューヨークを選んだのは、世界から人が集まる競争の激しい環境でぬるかった自分を叩き直すため。

案の定そこは競争社会で、英語でもデザインでも、悔しい思いを何度も繰り返しました。

自分より年下で、才能も実力もある奴らがゴマンといる中、自分のアイデンティティを見失い葛藤する毎日。

また、金銭的にも余裕は一切なかったので、とにかく日々、試行錯誤しながら暮らしていました。

そこでの生活は、まさにサバイバルでした。

ブログとの出会い

そんなニューヨークでの暮らしや日々の気づきなどを何かに残したいという思いと、あわよくばお金を稼げるかもという下心から、ブログを開始。

Wordpressを使ったお金を稼ぐブログの始め方

2016.11.16

長らく鳴かず飛ばずで模索の日々でしたが、学校の行き来の中で毎日コツコツ続けて行くことで、少しずつ成果が出始めるように。

また、ブログを通して人との出会いにも恵まれたり、その知識を買われてプロジェクトに参加させてもらったりなど、ブログによる世界の広がりを実感しました。

しかし「デザイナー」を目指してニューヨークに来た自分と、「ブロガー」にならんとしている自分の間で葛藤。

課題との出会いと休学

ニューヨークにいた2013年、日本で東京オリンピック開催が決定したのを機に、これから外国人観光客が増えて行くであろう今後の日本のことを考えるようになりました。

「見たい日本」と「見せたい日本」のギャップを埋めるために。

2013.05.28

そこから、今の日本が抱えるさまざま課題に向けて、自分がこれまで学んできたデザインや、ウェブによる発信がきっと役に立つと確信。

海外にいる立場から、日本向けにインバウンド促進に繋がるサービスを構築することを考え始めました。

その頃から自分でサービスを作りたいとか、自分のやりたいことでいきていきたいという思いが強まり、突如髪の毛を金髪にして逃げ道をなくし、やろうかなと思っていた就職活動を放棄(二度目)するなど、どこか振り切った行動に走り出します。

20代後半にして何を思ったか、ド金髪にしました。これは、生き方に対する決意の表れ!ということにしたい。

2014.10.24

アメリカ最大の就活イベント「ボストンキャリアフォーラム」への参加を辞めました。ってゆーか就活やめました。

2014.10.23

起業やビジネスなど、それまで頭になかったものごとを考えるようになり、まずは個人でできることから、と実験的に民泊留学支援などを開始。

ブログの収益も伸び始めたことで本格的にビジネスに向けて舵を切ろうと決意し、それまで通っていた美大を休学することにしました。

2016年1月1日付で個人事業主として独立致しました。

2016.02.06

あと一年残してアメリカの大学を辞めました。アメリカの中退と休学のシステムについて。

2015.12.27

帰国決定。

ブログやその他の実験的に始めた事業から、これからのビジネス展望も見え始めていたニューヨーク生活。

しかし、日本に対して自分がやりたいこと今の自分の生き方の間に、違和感をずっと感じていました。

ニューヨークでも最低限暮らしていけるだけの収益性は見えて来た。これからも展開して行くことはできる。

だけど、今自分が感じている課題に対し、今の自分はただ、お金を稼ぐためにビジネスをやろうとしているだけ。

そこでのビジネスは、誰かに必要とされて始めたことでもなければ、他の人でもできるし、ぼくがやる必要もない。

この頃すでに、「ニューヨークで成功したい」とか「有名なデザイナー」になりたい、なんて思いは微塵もありませんでした。

頭にあるのは「自分という存在が、どう役立つのか、どう使えるのか」ということばかり。

そんな折、日本の不動産業界で働く友人から「地方で暮らしながら仕事をしないか?」と声をかけてもらいました。

彼が関わっている地域でのさまざまな取り組みに、フリーランス的に関わってくれる人材を探しているとのこと。

地方におけるまちづくりの分野は、当時のぼくが最も興味を持っていたものでした。

デザインと発信が、今もっとも必要な場所。そこでなら、こんなぼくでもできることがあるかもしれない。

投げかけられた友人の提案に、ぼくは二つ返事で「やる」と答えました。

そこからは急ピッチで、ニューヨークの生活をたたみ始めることとなります。

ニューヨークを発つ日が決まりました。やるべきこととこれからの予定。

2016.03.17

2016年4月より、アメリカ横断スタート!

ニューヨークに未練はありませんでした。

強いていうなら、最後の数ヶ月していたルームシェアがすごく楽しかったことと、友人らともっと遊びたかったな、というくらい。

ただ、アメリカに対しては大きな心残りが。

それが、アメリカ横断でした。

幼い頃、初めてアメリカで暮らしたあの時から、ずっと憧れていたアメリカの旅。

いつか必ずこのアメリカという大陸を横断してやると誓い、ニューヨークに来た頃からその時を見計らっていました。

それが気がつけば最後の最後。やるなら今しかない。

服や家具のほとんどを処分し、どうしても持って帰りたい本などだけを日本に送り、
それ以外の荷物を全てレンタカーに詰め込んで、6週間に及ぶアメリカ横断の旅へと出ました。

アメリカ横断の日程が決まりました。約5週間の旅に出ます。

2016.04.21

この時ばかりはブログと動画編集以外の一切の作業を断ち切り、仕事も断り、とにかくアメリカを味わうことに全力を傾けました。

ほぼ車中泊、たまに民泊やテント泊で、金銭的に余裕もなかったので食事も質素と、決して楽な旅ではありませんでした。

6週間車上生活しみてわかった。キャンピングカーで暮らすなんてぼくには無理。

2016.06.05

それでも、5年に及ぶアメリカ生活のフィナーレとしては、出来過ぎなくらい最高の締め方。

全く思い残すことなく、日本へと帰ってくることができました。

佐用町へ移住

帰国してすぐ、兵庫県佐用町の新居へと移住しました。

大都会から田舎へ。兵庫県の佐用町(岡山/鳥取県境)へと拠点を移しました。

2016.07.05

とは言え、築数十年の年季が入った古民家。壁には穴が空き、柱は歪んで床は傾いている。

最寄りのコンビニまでは車で10分かかるし、スーパーまでは15分。

家までの道には鹿やら猪やらイタチやらキツネやら。

だけど家のすぐ外には、澄み渡った空気や満点の星空。

町の人たちは優しく、彼らがくれる採れたての野菜は最高に美味しい。

こんな草も食べれるの!?山菜天ぷらパーティーで田舎の豊かさを満喫した日

2017.04.22

どんだけボロボロの家だって、アメリカでの車中泊に比べれてなんてことはなくて。

そんな環境の中で、自宅内に事務所を作り、ブログの執筆やWebデザイン、あるいはディレクターとしてのお仕事などに取り組んでいます。

ブログ収入が月20万を超えて、人生はどう変わったのか。

2017.04.20

仕事だからこそ全力で遊びたい。

2016.12.18

【フリーランス】独学でWebデザインを学び、仕事を得るまでの道のり

2016.10.17

BALUE Projectについて

日本に帰って来てから、ぼくと先の友人の二人でBALUE Projectというチームを立ち上げました。

これは、同じ志を持った他業種の仲間で組んだプロジェクトチームで、それぞれのコンテンツをチーム全体としてパッケージし、企画からデザイン、ブランデイング、PRまでをトータルにお手伝いしています。

ぼくはこの中ではアートディレクターという立ち位置で、企画の立ち上げから最終型までをクライアントと企画し、それぞれの担当者に仕事を振りながらそれを管理していくというようなお仕事をしています。

現在は個人事業主の集まりのような形ですが、いずれは正式に事業体として組織化したいと思っています。

現在はブロガー/デザイナーとしての個人の仕事と、このBALUE Projectとしての仕事の二つを基軸に、佐用町の自室を拠点に活動中です。

また自宅事務所の一階を改修し、カフェ併設のオープンスペースとして運用して行く予定です。

もっと知りたい方は

その他、ぼくの思考であったり人間性がよく表れている記事を以下にまとめてみました。

もし興味のある方はご覧になってください。

「環境に優しい人間」を目指して。今日から始める「ちょっとエシカル」

2016.11.24

世界はお金で狂ってく。イギリスのEU離脱問題で改めて考えるぼくらの病気について

2016.06.24

「上質でないもの」で喜べる方が、人生はもっと楽しくなる。

2016.01.25

僕らは当事者として、「出来事」をどれくらい「自分ごと」として捉えられてるのか。

2015.07.21

これまでの実績

BALUE Project

2016.7~12 いなちくロングライドin 2016 企画・運営・PR・ブランディング
2016.7~2017.3 ICT活用による大阪北歓楽街活性化事業 企画・ディレクション
2016.9~ 三重県松阪市にオープン予定のヘルスケア施設 企画・ブランディング
2016.10~ 滋賀県O邸の利活用 企画・ブランディング

個人

2014.4~7 個人ブログ metroglyph 運営
2016.4~ ニューヨーク観光情報サイト BASIK NEW YORK 運営(月間最大約17万PV)
2016.6~ BALUE Project共同代表/アートディレクター
その他、複数サイト運営/各種デザイン/個人ブログ運営コンサルティング/講演など。

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