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ぼくの生き方を劇的に変えた"デザイン思考"について

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「デザイン思考」という言葉を聞いたことはあるけれど、実際にどういうものなのか知らない人は意外と多いのではないでしょうか。

試しにこの言葉をGoogleで調べてみると、たくさんの解説ページや文献が出てきました。

どうやらしっかりと学問として体系化されているようですが、僕はその「デザイン思考」というものを専門的に学んだことはありませんし、その正式な定義についても全く理解していません。

ただ、空間デザインを実践的に学ぶ過程で「デザインにおける物事の捉え方」みたいなものは一通り頭に染み付いていたようで、最近これを周囲の人間からとてもおもしろがってもらえたので、改めて自分のデザイン思考について分析、解説してみました。

そもそも、デザインとは

ぼくのこれまでの経験上、そもそもデザインというもの自体を勘違いしている人が非常に多いです。

ほとんどの人が「デザイン」=「見た目的なカッコよさ/美しさ」という"印象的な側面"でしか捉えておらず、デザイナーの仕事というのは「見た目が良いもの」を作ることだと思い込んでいます。

それ自体は決して間違いではありませんが、デザインの本質はそこにはありません。

デザイン=問題解決

ぼくはよく、「デザイン=問題解決の手法」と説明します。

例えば、スプーンを思い浮かべてください。

当たり前のようにみなさんが使っているスプーンは、なぜその形をしているのでしょうか?

お箸でも、フォークでも構いません。何か一つチョイスして、なぜそのアイテムがその形をしているのか、考えてみてください。

普段当たり前のように使っている全てのものは、何らかの理由があってその形をしています。

どうすれば持ちやすいか、どうすれば食べやすいか、どうすれば最も機能的なのか・・・

スプーンが今の形にできあがるまでの過程には多くの問いかけがあり、色々な試行錯誤が重ねられてきたはずです。

そして、こういう問いかけに対しての答えこそが、デザインなのです。

なので基本的に"デザインされたもの"というのは全て理由を説明することができることが前提であり、それが説明出来ない場合、それはデザインとは呼べません。

デザインには理由がある(べき)

ニューヨークで空間デザインを学んでいた頃、ほとんど毎週のようにクラスメイトと教授の前でプレゼンテーションをさせられました。

中でもデザイン実践の授業では、モデルとなる物件のデザイン案を作り、図面を書き3Dモデルを作り、プレゼンボードを作ってそのコンセプトからデザイン意図までを皆に説明しなくてはなりません。

大半の生徒はプレゼン後のフィードバックで、教授らから質問の嵐を浴びせられます。

「デザインコンセプトは?」

「なぜ壁を赤色にしたのか?」

「キッチンに大理石を使った理由は?」

「椅子にそのブランドを選ぶ必要性はあるのか?」

「なぜ床は畳でなくてはならないのか?フローリングではダメなのか?」

多くの学生ははじめ、こういう質問に答えられません。

理由は、みんな「なんとなく」で選んでいるから。

漠然と「かっこいいから」「好きだから」「流行ってるから」という、とても感覚的な理由で「デザインしているフリ」をしているだけなので、当然これらの問いかけに答えられる」はずがありません。

その場で適当につくろったところで、一貫したテーマ性、ストーリーを持たない後付けの理由は論理が破綻しているので、すぐに見抜かれてしまいます。

こういうプロセスの中で、ぼくらのようにデザインを学んだ人間は皆、「デザインされたものには全て意図がある」という前提を理解していきます。

デザインはあらゆるところに存在する

冷静に周りを見てみると、今ぼくらの身の回りにある人工物は全て、デザインされたものであるということに気付きます。

このブログを呼んでいるスマホもパソコンも、今あなたがいるその空間も、座っているその椅子も、道の自動販売機も、駅の改札も、財布も、雑誌も、服も、何もかも全て、何らかの問題を解決するために作られたもの。

デザインというのは実は、驚くほど身近にあるものなんです。

デザイン思考とは

改めてデザインの具体的な流れを振り返ると

・問題点の明確化
・解決方法の策定
・制作
・制作物のテスト
・改善

といったような感じで作業が進行していきます。

もちろん人によって使う言葉や細かいプロセスの差異はあれど、大まかにはこの流れが基本だと思います。

カンの鋭い人ならお気づきかもしれませんが、これはビジネスの現場でよく言われるPDCAサイクルの類と同じです。

つまりこのデザインのプロセスはビジネスをはじめ、あらゆる物事に応用できるということ。

そして、あらゆる物事をこのデザインのプロセスに当てはめて読み解こうとする行為を、ぼくは「デザイン思考」と認識しています。

デザインとはプロセスの結果のことなので、全てをデザインとして仮定するならば、そこには必ず理由があるはず。

極論ですが、デザイン思考というのはいわば、「すべてに理由を求めて問いかけること」と言ってもいいかもしれません。

デザイン思考は、本質を見抜くこと

「なぜ〇〇〇は〜〜〜なのか」を読み解くことはつまり、本質を見抜くということと同じです。

物事の本質を理解するということは、本来それがもっていた問題点を知り、それを解決した手法を知るということ。

もしかするとそれに対して自分の方がより良い解決方法を見つけ出すことができればイノベーションを起こすことができるかもしれないし、そこで知った手法をを自分の生き方やクリエイティビティに応用していくこともできるでしょう。

現に、多くの著名なイノベーターたちが作り出した商品、サービスを思い返してみてください。

それらがどんな問題を解決しているのか。その結果、どのようなことが起こったのか。

これを考えるのもまた、デザイン思考です。

デザイン思考が変えたモノ

それまでのぼくは、目の前で起こっている事象をただ当たり前に受け取るだけの存在でした。

この料理美味しいなとか、この人おもしろいなとか、ニュースでやり玉にあげられてる政治家ムカつくなとか。

でも、デザイン思考はそんな表層的な感覚を許してくれません。

とにかく問いかける。

なぜ美味しいのか。なぜ面白いのか。なぜムカつくのか。そもそもなぜやり玉にあげられているのか。

そこに対して、どんな食材が、どんなテクニックが、誰のどんな意図が作用しているのかを理解することができれば、それを自分自身に活かしたり、より正しい情報に近づくことができますよね。

多くの人が知らない情報には、価値がつきます。ブログでお金を稼ぐなんてのは、その典型的な例です。

デザイン思考は僕にとって、多くの人が知り得ない情報を手に入れるに至らせたものであり、結果として仕事を生み出し、今フリーランスとして生きていくことができている理由そのものなのです。

さいごに

デザイン思考なんてカッコいい言い方ですが、結局のところは「疑問を持ち続ける」「その問題を解決しようとし続ける」ということなのかな、と。

「なぜ〇〇〇は〜〜〜なのか」子供の時にはいつも考えていたような疑問は、大人になるにつれて「そういうもんなんだ」に変わっていきます。

大半の大人は「そういうもんだ」で多くのことを片付けてしまいますが、その中で「なんで?」と考え続け、そこへ答えを導き出した人が、結果的にイノベーションをおこしたり、他者にない価値を手に入れたりするのは、考えてみれば当然のことですよね。

デザイン思考しているぼくの頭の中は、今もまだ解決出来ていない疑問だらけです。

当たり前のように就職活動することに疑問を捨てきれず、ニューヨークまで飛びました。

定職について毎朝出勤することへの疑問を捨てきれず、フリーランスになりました。

地位も名声もありませんが、でもそれなりに収入も出来て、それなりに楽しく暮らせています。

だけど、頭の中の疑問は増え続ける一方で、世の中の色んなことに全然納得出来ていません。

だからこそぼくは、まだまだ自分に期待しています。

毎日解決案を考えては、ツッコミどころ満載でボツを繰り返す日々です。このペースでこのプロセスを繰り返しているうちに、きっと何か、すごいことが起きます。

良かったらみなさんもぼくに期待してみてはいかがでしょうか。ぼく個人の株式をビットコインで買えます。長期保有しとくと、化けます。→https://valu.is/sagatman

我ながら、オチがすごい。

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