映画『ダンケルク』感想レビュー。終わってから残ったモヤモヤ感とその分析・解説【ネタバレなし】

ダンケルク見てきました。

毎度“metroglyph”にお越しいただきありがとうございます。さがやん(@sagatman)です。

名匠クリストファー・ノーランが描く、史実を元にした戦争映画「ダンケルク」。

ノーラン監督の事は「メメント」で知って以来ほとんどの作品を見ているのですが、今回の「ダンケルク」もぜひとも劇場で観たいと、公開を待ち望んでいました。

しかし。

鑑賞後の、なんとも言えないモヤモヤ感。

これは、ぼくが見たかったクリストファー・ノーランの映画ではなかった・・・?

その理由と、本当の魅力に迫ってみました。

鑑賞前の期待

ぼくがノーラン監督の前作「インターステラー」を初めて観たのはは2015年。

友人と一緒に、Netflixかなにかで鑑賞しました。

初めてこの映画を見た後、ひたすらに後悔しました。

「劇場で観たかった!!」

その大迫力の映像と音楽。そしてその壮大なストーリー。

「全然理解出来ないけど、なんだかすごいものを観た。」

その日の夜、映画に追いつくためにネット上での評論や解説を読み漁ったのを覚えています。

それまでにもクリストファー・ノーランの作品をいくつか鑑賞済みでしたが、どれも場面構成の素晴らしさや様々な仕掛けの連続でエンターテイメント性に優れ、とにかく「目を離させない」作品ばかりでした。

特に「インセプション」では、その「時間」を巧みに使った高い完成度の演出によって、大変話題になりましたよね。

そしてそのノーランの集大成とぼくが勝手に思い込んでいるのが、前作「インターステラー」。

未だに理解及ばない部分は多々ありますが、間違いなく好きな映画ベスト10に入ります。一体何度見たことか!

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…とまぁそんな感じなので、正直この「ダンケルク」をぼくは、めちゃくちゃ期待してました。

これまでSFサスペンスばかりを撮ってきたノーラン監督が、史実を元にした戦争映画を撮る。

一体どうなるのか、何が起きるのか。

「きっと観終わった後、またあれこれと考えさせてくれるに違いない。今夜は眠れなくなるぞ。」

そんなワクワクを胸に映画館へと向かいました。

「ダンケルク」は戦争映画ではなかった

作品の舞台となるダンケルクは、フランスの最北端に位置するベルギー国境付近の街。

映画では、このダンケルクで第二次世界大戦中に行われたイギリスの撤退作戦「ダイナモ」を

・帰還を待つ英陸軍兵士
・救助に向かう英国一般市民
・空からダイナモを援護する英空軍パイロット

の3つの視点から描いています。

3つの異なる時間軸

「インセプション」から顕著になったノーランならではの「時間」の演出は今作でも健在で、3つの視点にはそれぞれ全く違う時間軸が割り当てられ、それらが入り混じりながら物語は進んでいきます。

・兵士 – 一週間
・一般市民 – 一日
・パイロット – 三時間

同じ場所を舞台としながら、全く違う時間の流れを一つの映画の枠組みに収めてしまうその手腕はさすがの一言。

突然夜になったり、観た景色が別視点で繰り返されたり。しかしそれについての説明はなく、物語は淡々と進んでいきます。

そして、最初は混乱させられながらも、徐々に結びついていく物語。

戦争映画ではない

ノーラン監督は、公開前のインタビューなどでこの映画を「戦争映画ではない」と繰り返し強調しています。

というのも、いわゆる戦争映画の定石とも言えるような「敵と味方の撃ち合い」であったり「血」、「戦局の変化」、「登場人物の物語」などの要素がほぼ皆無。

いわゆる「敵軍」の姿が映像に現れることもほぼなく、その存在は空を飛ぶ戦闘機とどこからともなく流れてくる弾丸のみで感じるしか無い。

帰還兵はひたすらに恐怖から逃げ続け、しかしそれを救いに行く人々に過剰な演出もなく。

誰かに感情移入させることよりも、現場のリアリティを伝えることを重視させる作りになっていて、エンターテイメントとしての戦争映画ではなく、戦争をリアルに感じさせるエンターテイメント映画、という感じでした。

だけど、ぼくが求めていたのは・・・

戦争を題材とした映画としては今までになかったアプローチで、とても新鮮に楽しむことが出来ました。

IMAXで観たおかげでものすごい迫力でしたし、劇中何度も身体がビクついて、時折耳を塞ぎたくなるようなシーンもありました。

エンターテイメントとして、とても「楽しめた」映画でした。

だけど「面白かったか」と聞かれるとすごく難しくて。

確かに「今までになかったものを観た」という感覚はありながらも、あの「インターステラー」や「インセプション」を観た後の「なるほど・・・!」とか「やばい、あれどういう意味だろう理解できない調べたい」という感覚が沸き起こらない。

あまりに淡々と物語が進み、盛り上がる部分もほぼないが故にカタルシスを感じることもできず。

むしろ、ぼくがハリウッドにありがちな「米国万歳!」的な側面をこの映画からも感じてしまい(ノーラン監督はイギリス人で、物語もイギリス視点)、「これもしかして、ノーランのイギリスサイコー映画じゃない・・・?」なんて思う自分と「いやそんなわけない」と信じたくない自分が、エンドロールのあいだしばらく葛藤していました。

ぼくがクリストファー・ノーランという人の作品に求めていたのは結局「インターステラー」的な物語の「複雑さ」と「感動」。

様々な伏線が張られ、観ていると混乱してくるんだけど、実は最後にそれが一本の線に結びつき、理解と言う名のカタルシスが生まれるあの体験を、ぼくは期待していたことに気づきました。

恐らくですが、「ダークナイト」や「インセプション」で彼の映画が好きになった人は、多分これにかなり近い感覚を覚えるのではないかと思います。

パンフレットを買いました

ただ、どうしても納得できなかった・・・というか「自分が気づけていないこの映画の魅力があるはず」、ということで、ひさしぶりに映画のパンフレットを購入しました。

結論から言うと、買って良かった。

ここには、様々な解説者や本人のインタビューによって、「ダンケルク」という題材をなぜノーラン監督が映画にしたのかがふんだんに解説されています。

映画評論家・森直人さんの解説から一部抜粋。

お話、あるいは主題的に言うと、『ダンケルク』は複雑な多元性を孕む戦争映画よりもずっとシンプルだ。

(中略)

戦争の中の「撤退・救出」を、勝ち負けではなく仲間たちとの結束が問われるフェアプレーの発露と捉え、あっけらかんと陽性の感動で締めることを自覚的に行ったわけだ。

(中略)

IMAXカメラでのアナログ・フィルム撮影による、ドキュメンたるな手触りとフィクショナルな仕掛けを両立させた破格の大型映画。

つまりこの映画の楽しむべきところというのは、その物語性であったり複雑な設定やストーリーではなく、その事実をどう描いたのか、それをどのように再構成したのか、という点・・・という風にぼくは理解しました。

ぼくが追い求めていたのは、作品の中身に関しての深みでした。

だけどこの作品で観るべきだったのは、作品そのものというより、映画という手法そのものに対してとった監督のアプローチだったのかもしれません。

説明を「あえて」排除することによって普遍性を描き、また知識への「余白」を作りだす。

そういう風に捉えて、じわじわとやってくるクリストファー・ノーランへの畏敬の念と、ダンケルクへの自分の中での再評価。

もう一回、観に行きたくなってきました。

これだから映画は面白い。

そんな感じで。さがやん(@sagatman)でした。

追記

Twitter漁ってたら面白い解説・解釈がいっぱい出てきたので、一部シェア。

こうやって改めて見てみるとすごく色々と深いし、単純に自分の理解が追いついていなかっただけなのだなぁと感じますね。おもしろー。

しかし、ふせったーなるサービスの存在を初めて知りました。便利な、これ。

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