英語が伸び悩む人は、「何のために勉強しているのか」をもう一度考てみるべき。

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英語を勉強していて、例えばモチベーションが下がった時や思うように勉強が進まない時ってありませんか?
僕自身はNY生活が長くなってきたこともあって、「英語を勉強する」ということはもうほとんどありませんが、かつては必死になって英語を学んだ頃がありました。

そういう時、僕はどういう風にその状況を乗り切ることが出来たのかを少し考えてみたところ、日本で勉強している人たちと、ある決定的な違いがあることがわかりました。

それは、「何のために勉強しているのか」という点です。

この記事のきっかけ

今月の頭、ご縁があって英語キュレーターのセレンさん(@cellen0)の番組、Eハングアウトのゲスト回に出演させていただきました。

放送前はこんなことまで話すと思ってはいなかったのですが、喋っていく中で、そういえばこういうこと思ってたな、とか、自分でも再確認できることがあったので、改めてそれを考え直してみました。

約一時間の動画ですが、28分頃から今回の記事に繋がる話をしているので、未見の方はよろしかったら。

英語を使って何をするのか?

そもそも、あなたは何のために英語を勉強しているのでしょうか?

海外に住みたい?
外国人の友達を作りたい?
英語が喋れたらカッコいい?
世界で活躍するビジネスマンになりたい?

色んな理由があると思うし、ぶっちゃけ理由は何でもいいと思います。

はっきり言います。
伸び悩むのは、あなたが本気じゃないからです。

誤解しないでください。これは、決してあなたのモチベーションを責めてるわけではありません。

本気になれないのは仕方ない

日本は島国です。
300年の鎖国を経て、自国内だけで色んなことが完結する循環が出来ています。
もちろん、現代では様々な産業において輸入輸出が行われているものの、それでもやはり、諸外国との接触は、一般レベルでは非常に少ないです。
ゆえに日本は、「外国」や「外国人」というものに対して、非常に特殊な感性を持っているように思います。

普通に日本で生活していて、外国人と接する機会はそうそうありませんよね。
日常生活で、英語を必要とされる瞬間は、どれ位あるでしょうか?
英語が話せないことによる不利益を、日々の暮らしの中で感じることなんてほぼないです。

「今までずっとそうだったし、きっとこれからもそう。」

心のどこかでそんな風に思っていれば、英語を学ぶことに対して心から真剣に向き合えないのは当然です。
これは、あなたの考え方や気持ちどうこうでどうにかなる話ではありません。

置かれている状況がそうさせているのだから、仕方ないのです。
国内にいて本気になれないのは当たり前なんです。
むしろ、その状況で英語をマスターできるような人の方がおかしいんです。

好きになるか、必要だと思うか

この状況下で英語に本気になるためには二つの方法しかありません。

それは、英語をめちゃくちゃ好きになるか、それとも自分の人生において本気で必要だと思うか。

好きになる

好きになる、というのは理想形です。
好きになれれば勉強したくなるし、好きなものほどより深く理解できる。

そういう意味では、Youtuberとして活躍するバイリンガールのChikaさんのような、人に英語の楽しさを伝えようとする活動は、素晴らしいと思います。

こういうものを見て、英語が好きになる人は絶対にいると思うし、モチベーションの維持にも役立ちますよね。

本気で必要だと思う

こうして好きになれればいいのですが、英語を勉強している人たちの中にはそうなれない人も多くいます。
様々な理由で、止むを得ず、やらねばならぬ状態の人もいるでしょう。

そういう人たちがモチベーションを維持するためには、本気で必要だと思うことが絶対条件です。

僕あるいは他の人たちが英語が(最低限でも)使えるようになった理由は単純に、必要に駆られたからです。

例えば僕の場合、元々海外で生活するつもりでしたし、海外と関わる仕事をしていくと漠然と思っていました。
そうなってくると、英語が使えることは最低条件でした。
使えないとやっていけない、という前提があったので、やるしかなかったんです。

ここには、「英語が好き」かどうかなんて考えはありませんでした。

そこに「緊張感」はあるか?

少なくとも僕にとって英語を学ぶ時、「楽しく学べる英会話」みたいなテンションではありませんでした。

こんな軽いノリじゃないんです。
なんだったら、「話せなかったら人生終わり。今すぐ始めろ英会話」くらいのテンションでした。(笑)

そこにはどこか張り詰めた感覚があったし、「出来なきゃヤバい」「マジで死ぬ」ってリアルに思っていました。(まぁ、拠点を海外に移すんだから当たり前ですが)

結局僕がそうやって英語を学んでいこうとする思いの根底にあったのは「緊張感」であり、逆にそれがあったからこそ、「使えるレベル」まで行けたのだと思っています。

最初に紹介した動画の中でも話したのですが、結局その「緊張感」が、本気でやる人と、そうでない人のモチベーションの違いじゃないでしょうか。

個人的な見解

これは私的な意見ですが、これからたった5年先、2020年の東京オリンピックを境目に、日本は大きな節目にぶち当たり(すでにぶち当たってるんですが)、その時に日本人は大きく二つ・・・そのまま変わっていく状況に気づかずに(or気づいていても)日本国内で視野を完結させる人たちと、世界の中の日本を見ようとする人たち、に分かれることになります。(マイルドヤンキー論の拡大版といったところでしょうか。)

その時に分け目となる要素の一つが、英語、あるいは他言語であり、国際感覚だと思っています。

これのどちらが幸せなのか、どちらが優れているのかはわかりません。
それは人によって違うし、その時の選択は個人の自由です。

ただ僕は、このタイミングで海外にいる人間の一人として単純に「ヤバい」と感じるし、そのために「英語」をはじめ様々なスキル、あるいはツールの必要性を強く感じています。

英語はアクセサリーではなく武器という考え

例えば、好きで、あるいはなんとなく出来たらいな、くらいの感覚で英語を学んでいる人たちも多いと思います。
そういう人たちにとっての英語は、ただの「アクセサリー」です。

本来なら必要のないもの。
だけど、人生をより豊かにするためにプラスアルファとして身につけるもの。

それを素晴らしい形で昇華させれる人たちもいますし、このあり方を否定する気は全くありません。それでモチベーションが続くのであればどんどんやっていくべきだと思います。
それは間違いなく人生の選択肢を増やしてくれる一要素となります。

ただ、僕を始め海外でサバイバルを考えている人種にとっては、英語というのは生き残りをかけて戦うための「武器」なんです。

これがないと、殺される。
それくらいの認識です。

これから変化していく世界、そして自分が生きていこうとする世界、その中で生き残っていくための、様々なスキル=武器のうちの一つ。
だから僕は、英語が好きか、と問われれば、全然好きじゃありません。ごめんなさい。そもそも好きとか嫌いとかいう次元で考えてません。

ただ、自分の人生という枠組みで捉えた時に、とてもシンプルに、英語は必要不可欠なものの一つであったんです。

極論を言えば、長生きするために健康を維持しようと努力することや、受験戦争で勝ち残るための勉強・・・もっと言えば、日々の生活を維持するためにしている仕事と同じなんです。

守りたいもの、成し遂げたいことがある。
英語を習得するというのは、そんな目的のための一要素なんです。

英語が必要でない人もたくさんいる

繰り返すようですが、これからも日本国内の循環の中だけで生きていこうと思っている人にとっては、英語というのは全く必要ありません。
なんだったら時間の無駄だし、やらない方がいいくらいに思います。

ただ、セレンさんがおっしゃられているように「英語は翼である」というのは真理で、英語あるいは他言語一つ使えるだけで世界が広がるし、英語を勉強するプロセスから学ぶものも山ほどある、というのは僕の実体験から保証します。

英語に興味があって、好きで、なんとなくやってみたい、あるいは、やってるけどイマイチ成長を感じられない、そんな風に思っている方は、是非、その必要性というものに目を向けてみてください。そして、何のために学ぶのか、自分は英語を何に使うのか、ということを一度考えてみることをお勧めします。

もちろん、好きになって前向きに本気で取り組めるのが一番理想だと思いますけどね。

 
 
 
そんな感じで。

▲英語の勉強に悩む人ほど、読んでみるといいと思います(いい意味で)。

 
 
 

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カテゴリ:[ソーシャルネットワーキング][仕事効率化]
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