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震災から4年。NYで感じたこと、被災地で見たもの。

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3/11。
僕ら日本人にとって、絶対に忘れてはいけない日。

毎年この日は、学校のプレゼン時期と重なってバタバタしているのですが、どこかのタイミングで必ず黙祷するようにしています。

ちょうどニューヨークに発つ直前の出来事。
震災が起こってからの年月は、そのまま僕がこちらで暮らし始めた年月とほぼ同じです。

いろいろ思うところあって、初めてブログで、振り返ってみました。

それは、NYに発つ直前のことでした。

2011年3月11日。

それは、僕がNYに発つ丁度20日前のことでした。
バイトも一段落つき、バンド関連の機材を売ったり、大学時代にお世話になった人に挨拶回りしたり、そんなことでバタバタしていた時期でした。

最初のきっかけはTwitterのタイムラインだったと思います。
ことが起こった時は僕は外にいて全く気づいていなかったのですが、誰かがUstreamでNHKの特報を流しているのを目にしたのが最初でした。

最初は、本当に何かの冗談かと思いました。

まるで映画のような光景。
津波に飲み込まれる町や家、車、人。

現実感が無さすぎて、しばらくは「は?」という感じでした。
何の冗談かと慌ててテレビをつけると、全く同じ映像が流れていました。

しばらくしてすぐに、家族全員に連絡したのですが、その時東京にいた父と連絡が取れず、祖母と二人で家でパニックになったのを覚えています。

その時漠然と、NY行き、なくなったなと思いました。
「この状況じゃ飛行機飛ばないな」なんて考えていたのです。

でも、驚くべきことに被災地以外でのシステムはすぐに通常運転に戻り、翌週にあった大学の卒業式も普通に行われ、結局僕はそのままニューヨークへと発ちました。

NYから見た故郷

ニューヨークでもこのニュースで持ちきりで、pray for Japanと書かれたTシャツを着た人や、街で「日本人か?大丈夫か?がんばれよ!」と声をかけてくれる人もいたりして、なんとなく、「日本って愛されてるんだなぁ」なんて誇らしくもなりました。

だけど時が経つにつれて、街の人も、自分も、そんなことがあったことは少しずつ忘れ、気がつけば誰もそんな話をしなくなりました。

そしてさらには時間が経つにつれて、混乱と復興活動のために弱体化した日本を、諸外国がが狙っているような、そんな気配を感じ始めました。
具体的に何がきっかけだったのかは覚えていませんが、外から見ていたからこそ、そんな風に感じたのかもしれません。

それは昔教科書で読んだ、終戦直後の日本の状況を見ているかのようでした。

そして1年後。

今通っている大学の合格通知をもらってようやく身辺が落ち着いた頃に、再び3/11を迎えました。
二ュースなどでは改めて被災地が取り上げられ、また「復興」や「脱/反原発」などのワードがネット上でも多く見られるようになりました。

外から見ていて漠然と、日本が大きく変わろうとしている、そんな雰囲気を感じました。

自分の目で被災地を見たかった

それからしばらく経った2013年夏。
毎年夏は日本に帰るのですが、この年は被災地に行くことに決めていました。
とはいえ、ボランティアや支援活動に参加したわけではありません。

ただ、見たかっただけでした。
震災直後にNYに発った僕にとってあの出来事は、その後の日本の混乱や対応を肌で感じることがなかったせいか、あまりにリアリティがないものでした。
それ故に、自分の国で何が起こったのかを、ちゃんと知りたかった、その目で見たかったのです。

日程の関係で福島まではいけなかったのですが、宮城の海岸沿いをレンタカーで一人、ただひたすらに北上しました。

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そこで見た景色に対して、僕がどう思ったのかをうまく説明出来ません。
ただ、悲しいとか辛い、という感情ではなく、もっと何か、体の芯から震えるような、そんな感覚を覚えました。

ただ、写真に載せたような景色だけでなく、実際は復興に向けて動いている人たち、その地で、立ち直り頑張ろうとしている人たちがいたのも事実です。

実際、石巻で話をしたおばあちゃんは、「これから、これから」と何度も口にしていました。

ニュースだけで語られる暗い話だけではなく、むしろそこには再興を向けて前向きに生きている人たちの姿がありました。

今、思うこと。

この出来事があったこと、多くの命が奪われたことを僕らは忘れてはいけないのは当たり前なのですがそれと同時に、そこから這い上がり、今も前向きに生き(ようとし)ている現地の人たちがいます。

被曝、汚染などと騒がれても、そこで生きていくしかない人たちもいます。

その事実と、今自分が置かれている状況を見比べ、そして自分がこれからどう生きていくべきなのか、一人の日本人としてどうあるべきなのか、そんなことを考える、3月11日です。

 
 
 
そんな感じで。

田舎暮らしをしながらサイト運営したり、Webや空間をデザインしたり、ディレクターしたり、文章書いたりしているフリーランス。ブログでは、こんなにも選択肢が多く、だけどなぜか生き辛いこの世界で「どうやったら【楽しく】生き残れるか」をテーマに、日々の暮らしに役立つモノの紹介、効率化、サバイバル術、その他「生きる」ためのあれこれについて書いています。 • • • プロフィール // 問い合わせ // Instagram